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総合病院の「総合力」が高度医療を支える ~「済生の精神」であらゆる人々に医療と福祉を提供~

高木 誠(たかぎ・まこと)
1954年東京都生まれ。79年慶應義塾医学部卒業。同年済生会中央病院内科研修医。84年同病院内科医員。93年同病院内科医長。2002年同病院内科部長。04年同病院副院長。06年同病院脳卒中センター長(兼任)、同病院院長、済生会東京都支部副会長(現・支部常務理事)、日本病院会東京都支部理事。13年日本病院会常任理事。17年済生会本部理事。その他に、区中央部脳卒中医療連携協議会会長、港区難病対策地域協議会会長などを歴任。

創立100周年記念事業として、病棟の建て替えを行ってきた東京都済生会中央病院。中心となる新病棟が5月にオープンした。ホームレス専用病棟を持つなど特殊な一面を持つ一方、高度急性期医療を担う総合病院として、地域医療においても重要な役割を果たしている。多くの診療科があるのに加え、内科と外科をそれぞれ一つにまとめて総合力を強化。合併症を持つ高齢患者が増えている現在、この総合力が貴重なものとなっている。

——新病棟がオープンしましたが、病棟の建て替えは100周年記念事業だそうですね。

高木 済生会は日本で最大の社会福祉法人ですが、1911年創設なので、今年で106年になります。この病院は、全国に79ある済生会病院の中で2番目に古く、開院が1915年なので、2年前に100周年を迎えました。もともと済生会の本部がここにあったので、本部直営の病院として開院したわけです。当時は済生会芝病院という名称でした。戦後、組織の改編が行われ、都道府県ごとに済生会の支部が出来たことで、東京都済生会中央病院となっています。今回建て替えるまでは、50周年記念で建った建物を使っていました。それがかなり古くなっていたので、100周年記念事業として建て替えを進めていったわけです。

——建て替えでご苦労された点は?

高木 一つは土地が狭い中で、診療を続けながら順に建て替えを行ったため、時間が掛かりましたし、技術的にも大変難しかったようです。もう一つは建築費が高騰したことです。今年完成した新棟の計画を立てたのは5年ほど前ですが、設計図が出来てくる頃から急激に上がり、最終的には事業費が40%くらい増えてしまいました。幸い金利が低いので、お金を借りることは出来ましたが、返すための計画立案には苦労しました。しかし、以前の古い建物ではこれからの医療に対応していけないので、なんとしても建て替える必要がありました。

——設計が変更になったりしたのですか。

高木 もちろん変更した部分もあります。ただ、構想の段階から職員にも意見を出してもらって出来た設計でしたから、根本的な構想は変えないということを大切にしてきました。

ホームレス専用病棟を持つ

——この病院にはホームレスの人が入院する専用病棟があるそうですね。

高木 終戦から間もない1949年に、この病院に隣接する土地に東京都立民生病院という病院が出来ました。戦後のひどい経済状況の中で、貧しくて医療を受けられない人がたくさんいるということで、東京都が病院を作り、その病院の運営を済生会中央病院が委託されたのです。その民生病院は2002年に閉院することになりましたが、時代は変わってもホームレスの人はいるので、そのための病床を当院で継承することになったのです。民生病院は120床ほどでしたが、現在は当院の535床のうち70床がホームレス専用病床となっています。このような病床を持っている病院は、日本では唯一ではないかと思います。

——専用病床はあった方がいいですか。

高木 専用病床が無ければ一般病床に入院するわけですが、診療の面でも福祉の面でも、専用病床があった方がいいと思います。ほとんどの人が保険を持っていないので、生活保護をはじめとする多くの手続きが必要ですが、そこには専門的なノウハウが求められます。退院後にどうするかといったことも、専任のケースワーカーが福祉事務所と相談しながら調整しています。患者さんは行き倒れになって救急車で運ばれてきたり、福祉事務所から連絡があって入院してきたりします。運ばれてくるまで医療にかかっていないケースが多く、普通の病院では極な状態の患者さんも多いです。栄養の障害があることが多く、冬は外で寝ていて低体温症に陥る人もいます。体温が下がり、昏睡状態で運ばれてくるのです。シラミ貧血症など、普通ではまず見ない病気もあります。ただ、私自身、民生病院でレジデントをやった経験があるのですが、30年以上も前に比べると、本当にひどい病状の人は減っています。

——乳児院も併設していますね。

高木 これはもっと古く、関東大震災後に震災孤児を救護したのが始まりのようです。戦後は戦災孤児などの養育に当たってきました。1949年に児童福祉施設として認可されています。現在でも乳児を中心に30人余りを預かっています。乳児院の建物もかなり古いのですが、来年には建て替え工事が始まる計画になっています。

——ホームレス専用病床があったり、乳児院を併設していたりする理由は?

高木 そもそも済生会が創設されたのは、「生活に困窮して医療を受けられない人々にも救いの手を差し伸べるように」という明治天皇のお言葉があったからなのです。済生勅語と呼ばれています。この精神を具現化したのが、ホームレス専用病床であり、乳児院なのです。

——訪問看護は済生会病院から始まったとホームページにありましたが。

高木 済生会の医療は、もともと訪問看護や訪問診療から始まっているのです。最初から病院を建てるのではなく、医師や看護師が診療所から派遣されて、貧しい人達の所にいって医療を行っていました。中心となっていたのは看護師で、今でいう訪問看護です。この病院もそうですが、全国の済生会病院がそのように始まっています。

地域連携と救急医療を担う

——済生会中央病院の地域での役割は?

高木 この土地で100年間にわたって医療を行ってきた歴史があるので、地域における中心的な病院となっています。地域の住民の方々から信頼されていますし、港区医師会との関係も良好です。医療連携には古くから力を入れてきました。病診連携というのは現在では当たり前になっていますが、かつて国が全国のいくつかの地域でモデル事業を始めた時、港区医師会と東京都済生会中央病院はその一つとして選ばれていたのです。20年以上も前のことです。

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